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おすすめしたいもの/食べてほしいもの2023.03.22

地元の棚田を守りたい|吉田米穀社長 吉田 智之さん

茶所として有名な佐世保市世知原(せちばる)は、山間部に棚田の広がるお米の産地でもあります。この地域で生まれ育った吉田さんは、彼のおじいさんが昭和元年に創業した米穀会社の3代目社長。創業からほぼ1世紀が経ち「米」を取り巻く環境が大きく変わる中、棚田のあるふるさとの景色を守るため、様々な取り組みをされているそうです。

吉田 智之さん
世知原エリアの美しい棚田

地域の農家とともに歩む

吉田米穀は昭和元年(1925年)に精米所として創業した、伝統ある米穀会社です。創業当時、米作りは殆ど機械化されておらず、精米に不可欠な「もみすり(もみがらを取り除き玄米にする工程)」も水車で行っていたのだとか。2代目の社長である吉田さんのお父さんが事業を広げ、現在はお米の生産から精米、そして販売まで手がける地域を代表する大きな米穀会社になりました。

ここが長年地元で愛されているのは、お米を作る農家さんの立場に立ち、一軒一軒の農家さんのことを考えた経営をしているから。たとえば、農協などでは納入されたお米は全て一緒にもみすりされてしまうのですが、吉田米穀では一軒一軒の農家さんから納入されたお米を個別にもみすりしています。こうすることで農家さんは手塩にかけて育てた自分の米を自分で食べることができるのです。やはり自分の田んぼで苦労して育て上げた米は、自分で味わってみたいですよね。

ご自宅で稲刈後の加工(乾燥調製・もみすり)をされる所も出てきましたが、各家庭に機械を配置するとなると膨大なコストがかかります。そこで吉田米穀が加工に関する機械類を取りそろえ、農家さんが安心してお米作りをしていただけるようにバックアップを行っています。

さらに吉田米穀は米の在庫が十分にある時でも、農家さんから持ち込まれたお米はできる限りすべて買い取るなど、農家さんが米作りを続けることができるよう配慮しながら経営されているそうです。そのため特に営業活動などはしていないのですが、口コミで評判が広がり、現在は近隣の農家さんだけでなく佐世保市北部一体、さらに松浦市まで含むおよそ200軒の米農家さんからお米が持ち込まれています。

精米されたお米が、手際よく次々に袋詰めされていきます。
「じげもん」とは、地元ならではのものを表す長崎の言葉。世知原の棚田で獲れる世知原米は、昼夜の温度差の大きい山間地の気候を生かして生産される、まさに「じげもん」なのです。

父の跡を継ぎ、31歳で社長に

吉田さんが社長に就任したのは12年前、彼がまだ31歳の時でした。なんとご自身の結婚式の会場で、突如お父さんから世代交代の宣言があったのだとか。当時、会社の経営は決して良いとは言えない状況であり、社長を引き継いだ当初はとても苦労をしたそうです。

身を切る改革を断行し経営状態が徐々に改善したきた8年前、吉田さんは新たなプロジェクトに乗り出す決心をしました。それはお米の買取・販売だけでなく「生産」にも関わること。つまり自分自身も、米農家となったのです。当初は廃業する農家からお願いされた田んぼを引き継いだそうなのですが、徐々に規模が拡大し現在では2町5反(約25,000m2)の田んぼでおよそ8トンの米を栽培しています。

また高齢化によって廃業を考え始めた農家さんを支援するため、地域の若手農家の有志とともに稲刈り隊を組織したのだとか。米作りにおいて最も大変なのは収穫なので、「田植えさえすれば、稲刈りはなんとかなる」という環境を作り出すことで、地元の棚田の維持に貢献しているのですね。

時期によって倉庫に補完されるお米の量は変動する。在庫が殆どなくなる夏には、このスペースを活用した新しいビジネスが始まる。

どんな作物を作っていても、農家を続けてさえくれれば棚田は守られる

とは言え、人口の減少や食の多様化によりお米の消費量は年々減少しており、農家が「米」だけに依存し続けることが難しくなっていくことは必至です。世知原でも米作りに携わっているのは、ほとんどが60歳以上。棚田は手間がかかる割に収量が少ないので、大きな利益を臨むことが難しく、米作りを引き継いでくれる若手の人材がいません。そこで吉田さんが現在進めているのは、特殊な冷凍機を用いた冷凍食品のビジネスです。

世知原特産のイチゴを春先に農家さんから買い付け、吉田米穀の工場内で特殊な冷凍処理を行います。そして長期保管をして、イチゴが高値で取引される冬期に出荷するのです。収益に繋がるのであれば、若い人たちが農業に参入する動機になりますね。また長崎は近年需要が高まっている国産タケノコの産地でもあるので、農家さんからタケノコを買い付けて特殊冷凍し販売する計画もあるそうです。

通常冷凍されることのないイチゴやタケノコなどの食材を「特殊技術によって冷凍することで付加価値を付けて販売する」というこれらの新しいビジネス展開には、吉田米穀だけでなく現在付き合っている農家さんの将来の収益源を確保し、生活を下支えするという目的があります。そして農家さんは生産する農作物がイチゴであってもタケノコであっても、農業を続ける限りその作物に加え自分たちの食べるお米も栽培するため、世知原の棚田は守られていくのです。

柔和な語り口の吉田社長だが、「地元の棚田を守り、次世代につないでいきたい」という熱い想いが伝わるインタビューとなった。

農家さんあっての我々です

吉田さんにとって、棚田の景観を守ることはふるさとを守ること。「米作り」や「イチゴやタケノコの冷凍事業」という一見なんの繋がりもないプロジェクトも、全ては棚田を守るためのアイデアなのです。

実は売り上げに繋がらないことも多いそうなのですが、「お金の問題ではない」と採算度外視で実施するのは棚田を作っている農家さんたちと共存共栄の関係にあると考えているから。

44歳の若社長は今日もふるさとで、新たな試みに果敢に挑戦しています。

吉田米穀
長崎県佐世保市吉井町橋川内459−1
TEL:0956-48-2988

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