体験してほしいこと2026.07.26
長崎の海の変化を見つめ、未来へつなぐ|海だより 中村拓朗さん

長崎県は「魚のまち」として知られています。しかし、その海の中で何が起きているのかを知る人は意外と多くありません。
そんな長崎の海の魅力や環境の変化を発信し続けているのが、中村拓朗さんです。
ダイビングインストラクターとして活動する傍ら、水中写真や映像の撮影、講演活動、環境保全活動などを通じて、海と人をつなぐ取り組みを続けています。
現在は海藻を増やす活動や子どもたちへの環境教育にも力を注いでいます。
海とともに歩んできた中村さんに、これまでの歩みと長崎の海への思いを伺いました。
海に魅せられた原点
中村さんは大村市で生まれ育ちました。
大村高校を卒業後、鹿児島大学水産学部へ進学。大学院へ進んだ後、2007年に長崎ペンギン水族館へ就職しました。
その後、2011年に独立し、「ダイビングサービス海だより」を立ち上げます。
「水族館で働いていた頃から水中写真を撮り続けていました。長崎の海の魅力をもっと多くの人に知ってほしいと思っていたんです」

現在はYouTubeチャンネル「スイチャンネル」を運営し、海の生きものや環境問題について分かりやすく発信しています。登録者数は30万人を超え、多くの人に海の面白さを届けています。
鹿児島の海との出会いが視野を広げた

中村さんの人生の転機となったのは、大学時代に出会ったスキューバダイビングでした。
子どもの頃から海に親しみ、素潜りを楽しんでいましたが、水中で自由に呼吸をしながら長時間過ごせるダイビングはまったく別の世界だったといいます。
「今まで息をこらえて見ていた海の世界を、1時間近く自由に見て回れる。その体験に衝撃を受けました」
なかでも印象的だったのが、鹿児島湾(錦江湾)の海でした。
火山活動によって形成された独特の地形を持つ鹿児島湾は、海底に火山灰が堆積し、少し沖へ出るだけで急激に深くなっています。場所によっては昼間でも深海のような暗さが広がり、一般的なダイビングスポットとはまったく異なる景観が広がっていました。

「街のすぐ目の前に、こんな豊かな自然があることに驚きました」
その経験を通して、中村さんは自然の豊かさは観光地や秘境だけにあるものではなく、人々の暮らしのすぐそばにも存在していることを実感します。
そして同時に、「長崎の海にはどんな魅力があるのだろう」と考えるようになりました。
鹿児島の海との出会いが、ふるさとの海を見つめ直すきっかけになったのです。
長崎の海をもっと知ってほしい
長崎に戻った中村さんは、海の中を紹介する活動を本格的に始めました。
「長崎は魚のまちですが、海の中がどうなっているのかを知る人は意外と少ないんです」
特に大村湾は、「濁っている海」というイメージだけで語られることも少なくありません。
しかし中村さんによると、その泥や環境にも意味があり、多くの生きものたちが暮らしています。
例えば、大村湾の海底に広がる泥は豊富な栄養を含み、ナマコなどさまざまな生きものの暮らしを支えています。
「正しい海の姿を知ってほしいんです」
その思いが、現在の活動の原点となっています。
長崎の海で起きている変化

現在、中村さんが特に力を入れているのが海藻を増やす活動です。
長崎の海では近年、「磯焼け」と呼ばれる現象が深刻化しています。
磯焼けとは、海藻が減少・消失し、海底の岩肌がむき出しになった状態のことです。海藻の森がなくなることで、生きものたちのすみかも失われてしまいます。
「長年潜り続けていると、海の変化がよく分かります」
特に印象的だったのが、大村湾のワカメの変化でした。
「3年前までは普通に生えていたワカメが、ある年を境にまったく見られなくなりました」
背景には海水温の上昇や気候変動の影響があると考えられています。
さらに近年は長崎に接近する台風も減少しています。
台風は被害をもたらす一方で、海水をかき混ぜ、海底へ酸素を供給する役割も担っています。そうした自然の循環の変化も海の環境に影響を与えているといいます。
子どもたちと育てる海の森

現在、中村さんは長崎大学の研究者から助言を受けながら、海藻を育てる活動にも取り組んでいます。
その中でも印象深いのが、小学生を対象に実施した海藻スクールです。
子どもたちは海藻の卵を採取し、自ら育て、海へ戻す体験を行いました。
「話を聞くだけではなく、自分たちで育てることで海との距離がぐっと近くなります」
実際に育てた海藻は冬の間に大きく成長し、高さ数メートルにもなります。そして、海藻の森ができると、そこへ魚たちが集まり、新たな生態系が生まれます。
「海藻の森ができて、そこに魚たちが集まってくる姿を見たときは本当にうれしかったですね」

もちろん失敗もありました。
せっかく植えた海藻が魚に食べられてしまうこともあったそうです。
そこで水中カメラを設置し、魚たちの行動を観察。どの時間帯に、どこから魚がやって来るのかを調べながら試行錯誤を重ねました。
地道な観察と研究の積み重ねが、現在の成果につながっています。
今こそ味わいたい長崎の海の恵み
取材中、中村さんが特に熱く語っていたのが、この時期に旬を迎えるイサキでした。
「梅雨の時期の長崎のイサキは本当においしいんです」
脂がのったイサキは刺身や炙りがおすすめで、特に皮目を軽く炙った炙り刺しは絶品だそうです。
長崎のスーパーや鮮魚店でも手に入りやすく、地元の海を身近に感じる入り口としてもおすすめだと話します。
海を知ることは、海の恵みを味わうことでもあります。
次の世代へ海をつなぐために

中村さんが目指しているのは、海藻を活用した新たな漁業の可能性を見つけることです。
かつて大村湾で親しまれていたワカメのように、まだ十分に活用されていない海の資源には大きな可能性があります。
「大村湾にはまだ知られていない魅力がたくさんあります」
そして、自身が子どもの頃に見た豊かな海を未来へ残したいという思いもあります。
「次の世代に何か一つでも残せるものがあればと思っています」
海の変化を見つめ、伝え、育てる。
中村拓朗さんの活動は、長崎の海と未来をつなぐ挑戦そのものでした。
ダイビングサービス 海だより
中村 拓朗さん
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