行ってほしいところ/食べてほしいもの2026.10.24
魚をおいしく生かし、人と海を守る。水産加工会社「ナガスイ」二代目の挑戦|伊瀬 浩三さん

長崎県大村市で約50年続く水産加工会社「ナガスイ」。
地域で水揚げされる魚を加工し、その魚に合ったおいしい食べ方を届ける一方、行き場のなくなった魚や食材にも目を向け、新たな商品へと活かしてきました。
ナガスイを経営しているのは、二代目社長の伊瀬浩三さん。
魚が少なくなる夏場にも働く人たちの仕事を守るために生まれたコロッケ。
大村湾の環境保全のために捕獲されたチヌを使った商品。
給食で余っていたイカゲソから生まれたヒット商品。
そのものづくりの根底にあるのは、魚を無駄なく、おいしく活かしながら、地域の「困った」に向き合う姿勢です。
家業を継いだ伊瀬さんが大切にしてきたこと、そしてこれから届けたい「魚の本当の旨さ」について伺いました。
30歳、大阪から故郷・大村へ
「もともとは親父が立ち上げた会社でね。僕は若い頃、大阪で食品関係の卸の仕事をしてたんです」
伊瀬さんがナガスイを継ぐために大村へ戻ってきたのは、30歳の頃でした。
当時のお父さまは、頑固一徹で仕事一筋。親子でありながら、ほとんど会話をしないような関係だったといいます。
そんなある日、お父さまが体調を崩したという知らせが大阪に届きます。
「大阪の会社からも、一度様子を見に行ってこいって言われてね。それで帰ってきたんです」
久しぶりに戻った故郷で会社の状況を目にし、伊瀬さんは、このままでは会社が続かないという危機感を抱きました。
「最初はね、折り合いがつかなくて。でも、会社の状況を見て、あんたのやり方のままではこの会社がやばい、これからは俺がやる、と。そう言って引き継いだんです」
父から息子へ。
多くを語り合う親子ではなかったからこそ、伊瀬さんは自分のやり方で会社を守っていくことを決めました。そして、会社を引き継いでから大切にしてきたのが、そこで働く人たちでした。
「仕事がないから休んで」とは言えない

現在、ナガスイでは約25名のパートスタッフが働いています。その多くが、地域で長く働いてきた年配の方たちです。
「若い人はなかなか入ってこないし、入っても長続きしにくい仕事ですから。だからこそ、お年寄りの人たちが働きやすく、長く続けられる環境を作ることが僕の仕事だと思っています」
ところが、水産加工の仕事には、季節によって仕事量が変わるという難しさがあります。
特に7月、8月の夏場は、水温が高くなることで魚が傷みやすくなり、漁獲量も減ってしまいます。
「極端に言うと、うちも仕事がなくなってしまう。でもね、仕事がないからって、社員やパートさんたちを休ませるわけにはいかんのですよ」
そこで伊瀬さんが考えたのが、魚とは違う商品の製造でした。
ちょうどその頃、大村の学校から「地元のじゃがいもを使って給食に出せるコロッケを作ってほしい」という依頼があったといいます。
こうして生まれたのが、ナガスイの名物「愛のコロッケ」でした。
愛野のじゃがいもから生まれた「愛のコロッケ」

「最初は雲仙市の愛野町のじゃがいもを使って作り始めたから『愛のコロッケ』。
今はそのじゃがいもだけでは量が追いつかなくて、親しみを込めて『ラブコロッケ』という名前でも展開しています」
水産加工会社がつくるコロッケ。
その意外な組み合わせの裏側には、学校給食という地域のニーズと、夏場にも従業員が働ける場所をつくりたいという想いがありました。
魚が少ないなら、魚以外の仕事をつくればいい。
その柔軟な発想が、ナガスイの新しい商品につながっていきました。そして、こうした「困りごとを何とかする」というものづくりは、会社の中だけにとどまりません。
大村湾の「厄介者」を、おいしい魚へ
大村湾では、5月から6月頃になるとチヌ(黒ダイ)が多く発生します。
チヌは大村湾の特産品である生ナマコを食べてしまうことから、環境保全や駆除のために捕獲されることがあります。
ところが、駆除されたチヌは市場で値段がつきにくく、漁協でも処分に困っていました。
「それなら、うちで加工できるんじゃないかと思ってね」

大村市や漁協と協力し、捕獲されたチヌをナガスイが引き取り、すり身に加工。
それをコロッケやカツなどの商品に変え、学校給食にも活用しました。
「漁師さんたちも年配の方が多いんですよ。魚が売れなかったら仕事にならないでしょう。だから、魚を獲りに行けば喜んでくれるし、少しでも仕事をつくってあげたいんです」
環境を守るために捕獲された魚を、ただ処分するのではなく、食べられるものへ。
漁師にとっては仕事になり、地域にとっては海の環境を守ることにつながり、子どもたちは給食で魚を食べることができる。
ひとつの「困った」をきっかけに、地域のさまざまな人がつながっていきます。
給食で余っていたイカゲソが、20万個のヒット商品に
「もったいない」を活かした商品は、他にもあります。
学校給食ではイカの胴の部分を使うことが多く、ゲソが大量に余っていた時期がありました。
「これも、せっかくの食材やからね。何かおいしくできんかなって」
そこで生まれたのが「イカコロッケ」です。
そのおいしさが認められ、イオン九州の惣菜コーナーで販売されると、約20万個を売り上げるヒット商品になりました。
「うちはただ決まった加工品を作るだけじゃない。その時々で余っている魚をどうやって美味しく活かすか、それを常に考えています」
売れない魚。
余ってしまう食材。
仕事が少なくなる季節。
一見するとネガティブに見えるものの中から、別の価値を見つけ出す。
そこに、ナガスイのものづくりの特徴があります。
20時間の手術を経験して
そんなふうに地域のため、従業員のために走り続けてきた伊瀬さんですが、昨年、大きな転機を迎えました。
脳腫瘍が見つかったのです。
「物産協会の総会の打ち合わせをしている時に、突然声が出なくなったんです」
周囲の人が異変に気づき、病院でMRI検査を受けることになりました。
「やばい。あと1年しか持たない、と言われて……」
それまで痛みなどの自覚症状がほとんどなかった伊瀬さんにとって、突然の出来事でした。
8月、長崎の大学病院で受けた手術は、20時間にも及びました。
「本当に怖かったですよ。でもね、目が覚めた時は、生きててよかったなと。今は薬も飲んでいませんし、こうして元気に付き合っていけています」
生死の境を経験したことで、伊瀬さんの中には新しい夢も芽生えました。
「おいしいなぁ」って食べている顔を見たい

これからやってみたいことについて話す伊瀬さんの表情は、これまで以上に楽しそうでした。
「これからは、自分たちが作ったものを、お客さんが目の前で『美味しいなぁ』って食べて喜んでいる顔を直接見たい。そんな食堂や居酒屋を、いつか自分でやってみたいんです」
これまでも、取引先から「給食で人気だったよ」と聞くことはありました。
それはもちろん嬉しい。
けれど、自分たちが作ったものを目の前で食べてもらい、その瞬間の反応を直接見ることができたら。
「やっぱり直接その反応を見られたら最高やなって」
それが、今の伊瀬さんが思い描く新しい夢です。
魚って、こんなに旨いんや
魚屋の家に生まれ、幼い頃から魚を食べて育った伊瀬さん。
けれど、意外にも刺身が一番好きというわけではありません。
「刺身は飽きるほど食べて、実はあまり得意じゃない(笑)。焼き魚や鍋が一番好き」
そんな伊瀬さんだからこそ、伝えたいことがあります。
魚は、刺身だけではない。
魚には、それぞれ一番おいしくなる食べ方がある。
「スーパーで見かけるような決まった魚だけじゃなくて、うちにはちょっと珍しい干物なんかも置いています」

「この魚は刺身で食べるより、味噌漬けにした方が絶対に旨い、とか。安いフグでも、鍋に入れたら高いフグと変わらんくらい極上の味になる、とかね」
魚の種類や特徴を知れば、食べ方も変わる。
ちょっとしたひと工夫で、魚は驚くほどおいしくなる。
そのことを、もっと若い人たちにも知ってほしいといいます。
「『魚ってこんなに旨いんや』って感じてもらえたら嬉しいですね。そうしたら、魚を食べる機会も増えるでしょう」
工場の前には、のぼり旗を立てました。
近所の人がふらっと立ち寄り、コロッケや干物を買っていく。
暑い中、近所のお年寄りが歩いて買いに来てくれる姿を見るのも、伊瀬さんにとって大きな喜びです。
「そういうのを見ると、やっぱり嬉しいですよ」
人を守ることが、地域を守ること
話を聞いていると、ナガスイの商品には、ひとつの共通点があることに気づきます。
愛のコロッケも、チヌの商品も、イカコロッケも、最初から「売れる商品を作ろう」と始まったものではありません。
仕事が少なくなる。
魚が売れない。
食材が余ってしまう。
そんな地域の「困った」が出発点になっています。
そして、その先にいるのはいつも「人」です。
働く従業員。
魚を獲る漁師。
商品を買ってくれる地域の人たち。
給食を食べる子どもたち。
「少しでも仕事を作ってあげたい」

伊瀬さんが何度も口にするその想いが、ナガスイのものづくりを動かしています。
魚を加工する会社でありながら、伊瀬さんが見ているのは、その先にある人の暮らしなのかもしれません。
大村湾の海を守りながら、地域で働く人を守る。
そして、おいしい魚を次の世代へつないでいく。
「魚って、こんなに旨いんや」
そんな一言が、誰かの食卓で生まれる日を目指して。
人と海と食をつなぐナガスイの挑戦は、これからも続いていきます。
株式会社ナガスイ
住所:長崎県大村市富の原2丁目1462-2
オンラインショップ:
https://nagasui.base.shop/
Instagram:
@nagasui_omura






