食べてほしいもの2025.12.02
長崎和牛を“ライフスタイル”に、体験でつなぐ人と地域の物語|長崎和牛俱楽部 久保孝太朗さん

「僕が届けたいのは、お肉そのものではなく、人と人が集う時間なんです」——そう穏やかに語るのは、「長崎和牛倶楽部」代表の久保孝太朗さんです。
デザイナーとして、アスリート支援のプロデュース業として、そして故郷・長崎県東彼杵町の地域活動にも携わる久保さん。複数の肩書きを持ちながらも、活動の中心にあるのは、人と人とをつなぐこと、そして、日常の中に笑顔が生まれるきっかけをつくることです。
彼がなぜ“長崎和牛”という食材を通して、そんな体験を届けようとしているのか。その背景には、家族との食卓で感じた温かな記憶と、自分らしく生きるために選び続けた道のりがありました。
都会で感じた、故郷の隠された宝への熱い思い
久保さんが長崎和牛のプロモーションという使命を見つけるまでには、ご自身の人生を大きく変える、心揺さぶる体験がありました。
高校卒業と同時に故郷・長崎を離れ、10年以上を県外で暮らしていた久保さん。実家が長崎和牛を育てていることは知っていましたが、どこか距離を置いていたそうです。
しかし、ある帰省の夜が、すべてを変えました。
湯気が立ち上る鍋を囲み、家族の笑い声が部屋に満ちる、すき焼きの食卓。そこで口にした長崎和牛の味は、彼の記憶を鮮やかに呼び覚ましました。「ああ、うちってこんなに美味しいものを作っていたんだ。」その感動は、すぐに故郷への強い誇りへと変わっていったのです。

「関東では、誰も長崎和牛の名前を知らない。こんなに素晴らしいものが、世間に知られていないのは、あまりにももったいない。」
この気づきが、久保さんの胸に熱い使命感を灯しました。いつかは家業に携わらなければという思いは、自分こそがこの美味しさを世に広めなければならない、という強い決意へと変わっていきました。
しかし、彼の戦略は、数多くのブランド牛がひしめく市場で、単に “味” だけで勝負するようなものではありませんでした。彼は「モノ」ではなく、「コト」を売るという、独自のブランド戦略へと舵を切ったのです。
長崎和牛をライフスタイルに溶け込ませる戦略
現代の消費者が求めているのは、特別な体験や物語です。久保さんの戦略は、この潮流を的確に捉え、長崎和牛を単なる食材からライフスタイルの一部へと昇華させる試みです。
彼のブランド哲学の核心には、アパレル業界での経験から得た「消費されない価値の創造」があります。
「お肉は一度食べたら終わり。でも商品ならずっと残る。」
久保さんは、長崎和牛をECサイトで売るだけでなく、アパレルや生活雑貨といった、肉以外のプロダクト展開に力を入れています。クローゼットのTシャツや、キッチンの棚に「長崎和牛」のロゴがある。その日常的な接触が、ブランドへの親近感と記憶を持続的に育むのです。
これは、食べて消えてしまう食材のプロモーションを超えた、持続的なブランド想起を狙う、非常に巧妙なアプローチです。

そして、彼が最も目指すのは、長崎和牛が「人と人をつなぐ」「特別なシーンを想像させる」存在となること。笑顔あふれる時間の中心に長崎和牛がある、という世界観を構築しようとしています。
東京、福岡、そして長崎で開催されるイベントは、この世界観を具現化する場です。参加者には記憶に残る食体験を、店側には新たな長崎和牛導入のきっかけをもたらす、記憶に残る食体験を通じて、新たな長崎和牛導入のきっかけを提供する場となっています。
「人と違うことをしたい」あまのじゃく精神が創造力の源泉

革新的なアイデアは、既成概念のレールから外れて歩んできた人物から生まれるものです。久保さん自身、ご自身を「あまのじゃく」と評されます。
彼のキャリアは、まさにその型破りな精神を体現しています。
学生時代、多くの同級生が進学校を目指す中、英語とサッカーがやりたいという理由で商業高校を選択。旅行会社、アパレル業界と転身を繰り返す中で、会社の都合でキャリアが左右されることに強い違和感を抱きました。
「人生の舵を他の人になんか売られてる感じがして、それが嫌でした。」
会社の論理に疑問を感じ、常に自らの意思でキャリアを切り拓いてきた経験。それこそが、「肉を売る」という既存の枠組みにとらわれず、「体験を売る」という独自のブランド戦略を生み出す土壌となったのです。
彼の「あまのじゃく」な生き方は、単なる反骨精神ではなく、本質的な価値を問い直し、自らの手で未来を創造しようとする、独自の視線が、既存の枠組みにとらわれず、新たな価値を創造する源泉となっているのです。
4つの顔を貫く、故郷と人への物語という共通の軸
久保さんが持つ「4足のわらじ」は、一見バラバラに見えても、その根底では共通の価値観で結びついています。
本業であるデザイナーとしてのクリエイティブ力が、長崎和牛倶楽部全体のデザインを支えています。
また、アスリート支援では、「モノ自体に価値はない。物語があって初めて価値が生まれる」という哲学で、選手がデザインしたアパレルに物語を乗せて販売されています。この物語を乗せる手法は、長崎和牛に人と人をつなぐという物語を与える戦略と見事に通底しているのです。
さらに、故郷・東彼杵町の特別町民として、町外から町の魅力を発信し、ファンとなる「関係人口」を増やすミッションも担われています。
長崎和牛のプロモーション、アスリート支援、デザイナー、地域貢献。この4つの活動はすべて、「価値を再定義し、新たな物語を付加する」そして「人と人、人と場所をつなぐ」という、共通の軸で貫かれています。
久保さんの挑戦は、分野こそ違えど、すべてが誰かの可能性を広げ、地域を豊かにするための活動なのです。
長崎の「ちゃんぽん文化」を「タコス」で表現する未来
久保さんの頭の中には、すでに次なるユニークなプロジェクトの構想が広がっています。
最近開催された「ニクトウツワ」のイベントでは、長崎和牛を、長崎が誇る伝統工芸「波佐見焼」の器で楽しむという企画が実現しました。これは、美しい器が料理の魅力を引き立て、五感すべてで長崎の豊かさを味わう、極めて文化的な体験の創出でした。
そして、彼が次に仕掛けようとしているのが、なんと「和牛タコス」です。
「タコスって、いろんなものを“包む”じゃないですか。長崎のちゃんぽん文化みたいに、多様な要素を融合させて一つのものを作り上げる行為が、すごく長崎らしいと感じるんです。」
一見、突飛なアイデアですが、ここには久保さんの深い洞察が隠されています。
「私は、ライフスタイルとして長崎和牛を提案したいんです。」
仲間とビール片手にタコスを頬張る、そんな日常的なライフスタイルの一部に長崎和牛を溶け込ませるということ。久保さんの挑戦は、もはや食の可能性を広げるだけでなく、長崎の文化そのものを現代的なスタイルで発信する活動へと可能性を広げています。
長崎和牛がくれる、幸せな未来の食卓
久保さんの活動を追っていくと、それが単なる一地域産品のプロモーションではないことに気づかされます。彼の挑戦の根底にあるのは、長崎和牛という存在を媒介として、「関わる人すべてをハッピーにしたい」という、温かいビジョンです。

生産者、料理人、そしてそれを味わう消費者。彼が創り出す「体験」は、そのすべての人々を笑顔でつなぎます。彼が目指すのは、数ある和牛の中から、物語や体験に共感して「長崎和牛」を指名買いしてくれる世界観の構築に他ならないのです。
その「あまのじゃく」な視線と、故郷を想う熱い情熱が、長崎和牛の、そして食の未来をどう塗り替えていくのか、期待せずにはいられません。
長崎和牛俱楽部
久保孝太朗
HP:https://ngswagyuclub.official.ec/
Instagram:@nagasaki_wagyu_club
【ニクトウツワ Vol.3】2025.12.21(SAT):https://www.instagram.com/p/DQgv0N_E8FR/?igsh=amJqNjIwZ2F0MzBz






