食べてほしいもの2026.06.26
親子で続く43年目。母の菓子と、息子のパンとワイン|クロンプリンツ 三浦玄登さん

長崎県諫早市。
住宅街の一角(老舗うなぎ割烹「北御門うなぎ」の隣) に、40年以上地域に愛され続けてきた小さな店があります。
ドイツ菓子、サワードウブレッド (天然酵母パン)、ナチュラルワイン。
少し珍しいと感じる組み合わせですが、その店には不思議と「この町らしい空気」が流れていました。
今回お話を伺ったのは、2023年に母親の店を引き継ぎ、新たな形で再スタートした店主・玄登さん。
ワイナリー勤務、ナチュラルワインのインポーター勤務、、ベーカリー修行、都内店舗のベーカリー&酒販部門の立ち上げ責任者 を経て、故郷・諫早へ戻ってきました。
「継ぐ」というより、もう一度“作り直した”に近いかもしれません。
そんな言葉が似合う店でした。
生まれも育ちも、諫早
「表が店で、裏が家なんです」
そう言ってほほ笑む玄登さんは、生まれも育ちも諫早。
高校まで地元で過ごし、大学時代も長崎で暮らしました。
大学卒業後は、滋賀県の山奥にあるワイナリーへ就職。
その後、茨城県つくば市のナチュラルワインのインポーターへ転職します。
約10年、県外で経験を積み、2022年の冬に諫早へ戻ってきました。
「戻ってきてから1年くらいは、試作や酒販免許申請 などの準備期間でした。2023年11月に、今の形としてスタートしました」
店自体は、母親が1984年に創業したドイツ菓子店。
現在は母親がケーキと焼き菓子、玄登さんがパン・ワイン・チーズを担当しています。

創業から42年。
“地域のお菓子屋さん”として親しまれてきた店は、世代をまたいで新しい形へ変化しています。
「ワインの仕事がしたい」と思った原点
ワインに興味を持ったきっかけは、大学時代に先輩へのプレゼントを探しに、ある酒屋(長崎市内の酒屋、諏訪の杜たけやま) へ立ち寄ったのが最初でした。
当時、代替わりしたばかりの酒屋では、日本ワインやナチュラルワインを扱い始めていました。
若い店主の熱量に引き込まれ、気づけば通うようになっていたそうです。
「大学生であんなに通ってくれる人は初めてだったって、すごく可愛がってもらいました」
そこで開かれたワインの試飲会で、滋賀のワイナリー(ヒトミワイナリー) と出会います。
それが、その後の人生を変えました。
「みんな大手企業を受けている中で、自分はなんか違うなって思っていて。ちょうどその年に求人が出たんです」
しかも募集は“遊び枠”。
「1年前に農学部出身者を中心に採用したそうで、僕の年は「学部関係なし」での募集があり、採用されました。
「留年していなかったら、多分受かってなかったと思います(笑)」
パンもワインも、“素材”から考える
現在、店で焼いているのは、小麦から起こした酵母で作るサワードウブレッド。
「天然酵母って言葉もいろいろありますけど、当店は小麦とレーズンから発酵させています」
ワインもまた、ナチュラルワインを中心に扱っています。

ただ、ナチュラルワインは「仕入れて置けばいい」ものではありません。
温度管理、紫外線対策、保管環境、瓶内熟成の味わいの波。変化が起きやすいからこそ、知識と経験が必要になります。
「インポーターさんって、“ちゃんと伝えられる店か”を見ているんですよね。現在、新規で取引できるワインショップが限られていて、審査があるんです。」
ワイナリーで醸造を経験し、その後インポーターでも働いた玄登さんだからこそ、
“つくり手から届いたものを、どう次へ渡すか”に強い意識があります。
「全部変えたら、高くなった」
リニューアル時には、40年続いた母のケーキと焼き菓子の材料を一新しました。
国産素材。
オーガニック原料。
トランス脂肪酸フリー。
自然栽培のドライフルーツ。
チョコレートはフェアトレード&オーガニック認証のものを。
パスチャライズド(低温殺菌)の牛乳や生クリーム。
塩も長崎の南端、野母崎の塩。
卵も週に2回、飯盛町でのびのび育つ、つしま地鶏の平飼い卵を、農家さんが届けてくれます。
レシピも変わりました。
当然、価格も上がります。
「“高くなったね”って言われることもありました」
離れていったお客様もいた一方で、新しくお店を支持するお客様もそれ以上に増えました。
「安さだけなら、コンビニスイーツもすごく美味しいですから。母の経験と僕の経験があるからこそできる、うちじゃなきゃできないものを作ろうと思いました」
その言葉には、修業先で学んだ“哲学”も影響しています。
「技術だけじゃなくて、考え方までちゃんと受け継ぎたいんです」
諫早で、“ここにしかない場”を作る
リニューアル後は、店内イベントにも力を入れています。
チーズインポーターを招いた試食会。
ワインインポーターを招いたテイスティングイベント。
県内外シェフとのコラボイベント。
店舗外でのイベントなどなど。

「諫早にいながら、日本トップレベルや世界基準の、食の魅力を楽しめる場所にしたいんです」
「かつ、僕が用意しているのは、ワインやチーズ、ハード系の素朴なパンなど。そこに諫早の自然がもたらす食文化(野菜、海や山の恵み)が組み合わさって、地域の魅力がより広く、深く伝わっていくと思っています。」
実際、イベントをきっかけに県外から訪れるお客様も増えました。
“地方だからできない”ではなく、
“地方だからこそ面白い”を形にしているようでした。
次は「諫早の名物」を作りたい
今後について尋ねると、玄登さんは少し考えてから答えました。
「昨年、長崎市内から諫早市高来町に「深田惣菜」さんが引越して来られました。
多良岳や有明海や高来そばなど、地域の食材を使ったお惣菜やコース料理を展開されており、僕も知らなかった諫早の魅力を広めてくださっています。
また、有明海の伝統漁法「スクイ」など、希少な歴史や文化を学ぶ会などを主催されています。
それに加え、有明海沿いでは、肥前鹿島駅をスローツーリズムの拠点とする佐賀県(鹿島市、太良町)の事業などもあり、新幹線事業で話題になった数年前と比べ、今後は有明海に沿ったルートで諫早への来訪が増えるのではと期待があります。」
それに伴い、
「諫早の名物になるような何かを作れたらと思っています」と語っていただきました。

「長崎市内にはカステラがあります。
しかし、長崎市内は寄らずに諫早に来てくださった友人やお客様へのお土産に悩みます。
県外から来る人も増えているので、“諫早に来たらこれ”みたいなのが作れたらいいなって」
さらに意外だったのが、「漬物をやりたい」という話でした。
農家とのつながりが増える中、保存食としての発酵にも興味が湧いているといいます。
「ワイン造りの経験って、発酵とか香りとか、結構つながるんですよね」
発酵の世界は、パンもワインも漬物も、どこかで繋がっています。
諫早って、どんな町?
本明川沿いは嫌な川の匂いもなく、澄んだ空気でお散歩やランニングにはうってつけ。
山には山菜やジビエ。島原半島の在来種野菜も手の届く距離。
お魚も身近なところで揚がったものや、壱岐五島の新鮮な魚がすぐ届く。
大学時代までには気づかなかったのですが、お店を始めて、たくさんの人と出会ったことで、初めて気づく地域の魅力がありました。
「一回外に出たからこそ、気づく良さがあります」
“続ける”ために変わっていく
母から息子へ。
けれど、それは単なる事業承継ではありませんでした。

材料を変え、空間を変え、店の在り方を変えた。
それでも残っているものがあります。
小さい頃から知っているお客さん。
地域との距離感。
“この店がある風景”。
「小さい頃から知っている人たちが、今も来てくれるんです」
変わりながら、残っていく。
そんな店が、これからのまちには必要なのかもしれません。

クロンプリンツ
三浦玄登さん
TEL:0957-23-8335
営業時間:水〜土 11時〜19時、日 12時〜17時
定休日:月曜、火曜
Instagram:@kronprinz_1984






