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行ってほしいところ/食べてほしいもの2026.10.16

「良か酒」は、「良か人」が育てる|株式会社杵の川 瀬頭 信介さん


長崎県諫早市に蔵を構える「清酒 杵の川(きのかわ)」。

昭和55年(1980年)に県内外の4つの酒蔵が合併して誕生した歴史を持ち、現在は「良か人と良か酒を育む酒蔵」をブランドアイデンティティに掲げ、地域に根差した酒造りを続けています。

異なる歴史や文化を持つ酒蔵が一つになり、経営の苦難も乗り越えてきた杵の川酒造。その歩みのなかで育まれてきたのが、酒造りだけでなく、人や地域とのつながりを大切にする姿勢です。

酒蔵の歴史や「良か人と良か酒を育む」という理念、そして長崎の豊かな食文化に寄り添う酒造りへの想いについて、瀬頭さんにお話を伺いました。

4つの酒蔵が一つになって


杵の川酒造の歴史をたどると、天保10年(1839年)創業の「丁子屋」をはじめ、諫早の「黎明」、島原の「雲仙」、佐賀県の「呉竹」という4つの酒蔵に行き着きます。

それぞれに異なる歴史を持つ酒蔵が、昭和55年に合併して生まれたのが現在の杵の川酒造です。

瀬頭さんの家も、代々酒造りに携わってきました。曽祖父が明治41年(1908年)に「黎明」を創業し、その歴史を受け継いできた家系です。一方で、合併によって規模が大きくなったからこその難しさもありました。異なる歴史や組織文化を持つ人たちが一つの会社で働くなか、経営も厳しい状況に陥ります。

瀬頭さんが会社に戻ってきたころには、再び大きな決断を迫られていました。

「帰ってきたその日に、親父と散歩しながら『リストラする』って言ったんですよ。帰った瞬間にそういう話だったんです」

そんな状況のなかでも、社員は誰一人として会社を離れませんでした。

先代も毎朝のように社員を集め、会社が置かれている状況や、自分たちがこれからどうしていくのかを伝えていたといいます。会社の先行きが見えない時期にも、社員との対話を重ねながら、再建に向けて歩みを進めていきました。 


その後、銀行など関係機関との交渉を重ねながら、企業再生に取り組みました。会社に寝泊まりすることもあったという厳しい時期。それでも、社員や周囲の人たちに支えられながら、その局面を乗り越えていきました。

「運よくできたっていうだけで、運が悪かったら多分そこで倒産していたと思います」

振り返る言葉からは、現在の杵の川酒造が決して平坦な道のりの上にあるのではないことが伝わってきます。

「この仕事だけは絶対しない」からの転機

今でこそ蔵元として先頭に立つ瀬頭さんですが、幼い頃は酒造りを継ぐつもりは全くなかったといいます。

「中学校まで自宅の隣が蔵人さんの社宅だったんです。朝の4時か5時に、じいちゃんたちが騒がしく出勤していくのを見ていて、『この仕事だけは絶対にしたくない!』と思っていました(笑)」

高校からは寮生活を送り、大学は法学部へ進学。スポーツが好きで、将来はスポーツ雑誌『Number』のライターを目指していたほど、酒造りとは距離を置いていたようです。

転機が訪れたのは26歳のとき。進路に迷うなか、父親からの言葉をきっかけに、酒類の技術や知識を学ぶ広島の「酒類総合研究所」へ通うことになります。

そこで出会ったのが、全国から集まっていた酒蔵の後継者たちでした。

「みんな東農大(東京農業大学)出身など業界の関係者で、お酒の話を情熱的に語っていてキラキラしていたんです。自分だけがどんよりしていたのですが、彼らからすごく刺激をもらいました。お酒造りという仕事が、地域で愛され、大切な食文化の一翼を担っているんだということに、そこで初めて気づかされたんです」

そして、全国の仲間たちの熱量に背中を押されるようにして、瀬頭さんは酒造りの道へと足を踏み入れました。

そのとき出会った仲間たちとは、約30年が経った今でも年に一度集まり、励まし合う関係が続いています。業界を離れた人も含め、全国で切磋琢磨する同世代の存在が、瀬頭さんの大きな支えになっています。

「全国で頑張っている仲間がいるからこそ、自分もこの蔵をなんとか潰さずに残していこうと思える。それが今の自分のモチベーションになっています」

「何のために酒を造るのか」を考えた


企業再生を経て、約10年前に取り組んだのが「インナーブランディング」でした。

会社として、これからどこへ向かっていくのか。

社員みんなで「自分たちは何のために酒を造るのか」を考え、話し合いました。そこで生まれたのが、「良か人と良か酒を育む酒蔵」というブランドアイデンティティです。

酒造りの技術だけを磨けばいいわけではない。酒を造るのも、届けるのも、飲む人も、地域の食文化も、すべて人とのつながりのなかにある。

そんな考えを、会社として共有していきました。

「結局、人がやっぱり、そのお酒を作っているので」

その言葉の背景には、これまで会社を支えてきた社員への思いがあります。


現在、杵の川酒造では、蔵人、営業、管理など、それぞれの立場の人が互いに支え合いながら仕事をしています。

営業でトラブルがあったときには、蔵人が配送を手伝うこともあるそうです。

「やっぱり一つは『思いやりさ』ですね」

それぞれが自分の仕事だけに閉じるのではなく、困ったときには助け合う。そんな関係性が、今の杵の川酒造を支えています。

「大輪の花」ではなく、地域に寄り添う


杵の川の酒を語るうえで欠かせないのが、「食中酒」という考え方です。

お酒そのものが主役になるのではなく、食卓に並ぶ料理を引き立てる酒。

諫早には、橘湾の海の幸、唐比のレンコン、じゃがいもや野菜など、さまざまな食材があります。そして諫早名物のひとつが、楽焼うなぎです。

その楽焼うなぎを提供する店では、杵の川の「樽酒」が親しまれています。

「気づいたら諫早のいろんな飲食店さんだったり、うなぎ屋さんだったり、そういう文化のところのどこかに、杵の川のお酒が寄り添っているような感じ」

地域の食文化があって、その隣に杵の川の酒がある。

それは、酒蔵が大きく目立つこととは少し違う在り方です。

「大輪の花を打ち上げるんじゃなくて、どちらかというと『寄り添う』。諫早のこれだけ素晴らしい食文化に、うちはそれに寄り添うようなお酒を作る。それが杵の川の役目なのかなと思います」

和食だけではありません。フレンチやイタリアン、チーズなど、さまざまな料理との組み合わせも提案しています。

日常の食卓で、料理と一緒に楽しんでもらえる酒。そこに、杵の川らしさがあります。

蔵に入って、酒造りを知る


そんな酒造りを支えているのは、蔵人だけではありません。

杵の川酒造には、全国的にも珍しい、仕込みの現場に入るインハウスデザイナーの江口さんがいます。

商品の企画やパッケージ、情報発信を担当するだけでなく、実際に蔵に入り、酒造りの現場で汗を流します。

「蔵ってやっぱり神聖な場所なんで、そんな素人が入ってウロウロするような場所じゃないと思っていたんですけど、そういう機会をいただいて」

実際に酒造りの現場を知ることで、商品の背景にある酒造りの大変さや、蔵人たちの想いもわかるようになりました。

それは、新商品の開発にもつながっています。

「職人として充分な戦力になってるから。いてもらわないと困るわけですよ」

瀬頭さんがそう話すように、職人とクリエイター、それぞれの専門性を持つ人たちが同じ現場で酒について考えることで、新しい商品が生まれています。

家族だからこそ、それぞれの役割を

瀬頭さんを中心に、現在の杵の川酒造を支えているのが、家族の存在です。

2人の妹さんもそれぞれの役割を担い、会社を支えています。財務や管理を担う人、酒造りを担う人。それぞれが異なる分野から会社に関わっています。

「正直、会社が改善している部分は、その妹たちの貢献も非常に大きいなっていうのは、当然あります」

長い歴史を持つ家だからこそ、受け継ぐものも多い。

けれど、それぞれが同じことをするのではなく、自分にできる役割を担うことで、一つの蔵を支えています。

そこにも、「良か人と良か酒を育む」という言葉につながる考え方があります。

酒蔵から生まれる「良か時間」

杵の川酒造が大切にしているのは、お酒そのものだけではありません。

蔵開きには、近隣の人だけでなく遠方からもファンが訪れ、手作りの料理や重箱を囲みながら、酒を楽しむ時間が生まれます。

近年は、子どもたちが楽しめる地域向けの企画にも取り組んでいます。

瓶を並べた輪投げや、手作りの樽を使ったスーパーボールすくい。酒蔵でありながら、子ども達も一緒に楽しめる場所を目指しています。

「メーカーさんによっては、、ラグジュアリーで敷居の高いところを目指すところもありますけど、うちは楽しく、ゆるっと(笑)」

その言葉には、杵の川酒造が目指す場所がよく表れています。


高級なお酒を特別な場所で楽しむだけではなく、地域の人がふらっと立ち寄り、家族で楽しみ、食卓を囲む様な日常を楽しむ酒ライフをご提案。

そんな「良か時間」のそばに酒があることを大切にしています。

変わらないために、続けていく


これからどんな酒蔵を目指していくのか。

最後に未来について尋ねると、瀬頭さんの答えは意外なほどシンプルでした。

「僕はもう、基本変わらないですね。だから今やっていることを続けていく、より精度を高めていくっていう、それしかないですね」

新しい商品を生み出すことも、地域との取り組みも、社員同士の連携も、すべては「良か人と良か酒を育む酒蔵」であり続けるため。

変化の激しい時代だからこそ、変えないものを決めることもまた、ひとつの挑戦なのかもしれません。

人がいて、地域があって、食があって。そのそばに、酒がある。



長い歴史のなかで、苦しい時期も乗り越えてきた杵の川酒造が大切にしているのは、そんな日常に寄り添う酒造りです。

「良か酒」は、酒だけで生まれるものではない。

それを造る人、支える人、届ける人、そして一緒に楽しむ人。そんな「良か人」とのつながりのなかで、今日も一杯の酒が育まれています。

Rezzedout

株式会社 杵の川
住所:諫早市土師野尾町17番地4

蔵元ファクトリーきのかわよかよか(本社直売所)
営業時間:10:00〜17:00 
休館日:※臨時休業の際は随時ご連絡いたします。
TEL:0120-833-123

HP: https://www.kinokawa.co.jp/
本社直売所: https://www.kinokawa.co.jp/store/
オンラインショップ: https://www.kinokawa.shop/
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