行ってほしいところ2026.08.15
心通う会話が生まれる、人と地域が温かくつながる居場所を|長崎温泉 喜道庵 濱田孝一さん

大村湾に沈む夕日を眺めながら、ゆっくりと湯に浸かる。そんな時間を楽しめる場所が、長崎温泉 喜道庵(きどうあん)です。
地域の人々に親しまれているこの場所を支えているのが、統括責任者の濱田孝一さん。製造業から温泉事業へ歩みを進めた背景には、福祉の仕事を通して培った「人に寄り添う」という想いがありました。
人とのつながりを大切にしながら、訪れる人が心身ともに癒やされ、明日への活力を持ち帰れる場所を目指す――。そんな濱田さんの歩みと、喜道庵に込めた想いを伺いました。
ボルトメーカーから温泉事業へ。思いがけない挑戦

喜道庵は、前オーナーが長年運営してきた地域に根付いた温泉施設です。
前オーナーが高齢となり、次の運営者を探していた頃、濱田さんのお父様(現在の代表)がこの場所から望む大村湾の景色に魅力を感じ、2020年に施設を引き継ぐことになりました。
実は、濱田さんのご実家は、船舶のエンジンや風車などに使われる大型の特殊ボルト・ナットを製造する会社です。10メートルにも及ぶ製品を扱うこともある、まさにものづくりの現場でした。
これまで携わってきた製造業とは全く異なる温泉事業への挑戦。当時はコロナ禍の真っ只中で、お客様の数も少なく、不安を抱えながらのスタートだったといいます。
しかし、濱田さんには接客業への戸惑いはありませんでした。その理由は、過去に約10年間、福祉の仕事に携わっていた経験があったからです。
「人と話をすることが好きなんです。お年寄りの方の相談に乗ったり、いろいろな経験をさせてもらったことが、今の仕事にも活きています」
福祉の現場で培った、人に寄り添う姿勢。それが現在の喜道庵の接客や施設づくりの土台になっています。
お客様が「また来たい」と思える場所にするために、挨拶や礼儀を大切にし、スタッフとともに温かいおもてなしを心掛けています。
人とのつながりが生み出す、喜道庵の温かさ

喜道庵には、地元の常連客から遠方の観光客まで、幅広い世代の方が訪れます。
特に地域の高齢者にとって、送迎バスは大切な存在です。車を自由に使えない方にとって、温泉へ出かける時間は日々の楽しみの一つ。喜道庵は、単なる入浴施設ではなく、人と人が交流できる地域の居場所にもなっています。
喜道庵を訪れる人の中には、何度も足を運ぶ常連の方も少なくありません。濱田さんが大切にしているのは、施設を利用する「お客様」として接するだけではなく、一人ひとりの暮らしや背景に目を向けることです。
「今日は元気そうですね」「最近どうされていますか」といった何気ない会話が、訪れる人にとって楽しみの一つになることもあります。
温泉は、体を温めるだけの場所ではありません。誰かと会話を交わしたり、ほっと一息ついたり、自分自身をいたわる時間を持てる場所でもあります。濱田さんは、そんな温泉が持つ力を大切にしながら、地域の中で人が自然と集まる場所づくりを続けています。

濱田さんのお客様を思う気持ちが伝わる出来事があります。
ある時、帰国を控えた外国人のお客様が、施設に大切なお財布を忘れてしまいました。飛行機の出発まで残された時間はわずか。濱田さんは「困っているはずだ」と考え、電話で連絡を取りながら長崎空港まで財布を届けました。
無事にお客様へ渡すことができ、後日、お礼のメッセージと品物が届いたそうです。
「相手の立場になって考えることを大切にしています」
その言葉の背景には、これまでの人生で培ってきた経験があります。

また、地域との交流も喜道庵の魅力の一つです。以前には、近隣の温泉施設と協力してノルディックウォーキングのイベントを開催しました。
参加者が10kmの道のりを歩き、喜道庵を目指したイベントのゴールで待っていたのは、地域のみかん農家さんからの思いがけない贈り物でした。
販売できないみかんを集めて作った果汁100%のジュースが振る舞われ、参加者の疲れを癒やしました。
「普段からご近所の方と挨拶をしたり、関係を築いてきたからこそ生まれた出来事だと思います」
地域とのつながりを大切にする姿勢が、人の温かさを呼び込んでいます。
福祉の経験から生まれた「温泉への想い」

濱田さんが福祉の道を志したきっかけは、幼い頃の経験でした。
大家族の末っ子として育ち、近所のお年寄りの方々に可愛がってもらったことから、「いつか恩返しがしたい」という思いを持つようになったといいます。
富山県で学んだ「富山型デイサービス」では、赤ちゃんから高齢者、障害のある方までが同じ場所で過ごすという考え方に触れ、人が住み慣れた場所で安心して暮らすことの大切さを学びました。
その経験は、現在の温泉運営にもつながっています。
特に心に残っているのは、ご自身のお母様を看取った時の経験です。
食事が取れなくなり、病院での治療が難しくなったお母様を、濱田さんご兄弟は自宅へ連れて帰る決断をしました。訪問診療の先生の支えもあり、家族が集まりながら穏やかな時間を過ごすことができたそうです。
その時、心残りだったのが、お母様を喜道庵の温泉へ連れてくることができなかったことでした。
そこで亡くなる数日前、喜道庵の温泉水を持ち帰り、お母様の体を拭いてあげたところ、とても気持ちよさそうにされていたそうです。
「年齢を重ねても温泉を楽しみに健康を保ち、また生きる力にしてほしい」
その経験が、濱田さんが温泉に込める想いの原点になっています。

喜道庵では、施設を利用した方へ温泉水を2リットルまで無料で提供しています。自宅でも温泉の恵みを感じてほしいという、利用者への心遣いです。
これからも、人が集まる場所へ
濱田さんは、現状に満足することなく、より良い施設づくりにも取り組んでいます。
九州各地の温浴施設の責任者が集まる情報交換会にも参加し、他施設の取り組みを学びながら、喜道庵の未来について考えています。

大村湾に沈む夕日を眺めながら温泉につかる時間は、訪れる人にとって特別なひとときです。
何も考えず、ゆっくりと湯に浸かることで、心が軽くなり、明日への活力を取り戻せる。そんな場所であり続けたいと濱田さんは願っています。

「いろいろな方に楽しんでもらえる温泉施設にしたいです。ここに来ることで心身ともにリラックスして、明日を頑張る力を持ち帰ってもらえたらうれしいです」
人との縁を大切にし、温泉を通じて地域に寄り添う長崎温泉 喜道庵。
大村湾の絶景と、濱田さんの温かな想いに触れに、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

長崎温泉 喜道庵
住所:長崎県西彼杵郡長与町岡郷2762-1
営業時間: 10:00〜21:00
休館日: 毎月第2・第4火曜日
HP:
https://kidoan.com/
Instagram:
@nagasaki.kidoan






