おすすめしたいもの/会ってほしいひと/行ってほしいところ/見てほしいこと/食べてほしいもの2025.07.26
吉田屋の歴史と日本酒の未来~五代目杜氏が語る伝統と革新~ | はねぎ搾りの酒蔵吉田屋 吉田嘉一郎さん

長崎県南島原市にある「はねぎ搾りの酒蔵 吉田屋」は、大正六年(1917年)に創業した老舗の日本酒蔵です。南島原で、今や唯一となったこの蔵は、「はねぎ搾り」という伝統的な製法の継承と、新ブランドの開発など現代的なアプローチの両立に挑戦しています。
今回お話を伺ったのは、吉田屋の五代目として家業を継承した吉田嘉一郎さん。歴史と革新をつなぐ挑戦の日々について、熱く語っていただきました。

吉田屋のはじまりと酒造業への転換
吉田屋の創業は大正六年。明治になってたばこの製造および販売を営んでいましたが、当時の専売制度の影響で継続が困難となり、第一次世界大戦中の時代背景の中で、酒造業へと転換されたそうです。
「昔は島原半島にも40軒ほど酒蔵がありましたが、時代の流れとともに減っていき、今では南島原市内で日本酒を造っているのはうちだけになりました」と嘉一郎さんは語ります。

代々続いてきた家業を引き継ぐなかで、単に歴史をなぞるのではなく、新しい視点での価値づけを模索する姿勢が印象的です。
伝統の「はねぎ搾り」と復活への挑戦
吉田屋を語る上でかかせないのが、伝統製法「はねぎ搾り」の存在です。これは木製の “てこの原理” を活用した搾り方で、時間と手間をかけながら酒を静かに搾り出す方法です。
「うちの父、四代目が再び注目し、この製法を復活させたんです。時代が大量生産から吟醸酒へと価値が移行していく中で、“手搾り”の魅力に気づいたのが大きかったですね」と嘉一郎さん。

若者に届く酒を目指して──新ブランド「BANG」
五代目として蔵に戻ってきた嘉一郎さんは、次世代に向けた新たな試みにも積極的です。その代表とする日本酒が、自ら手がけた新ブランド「BANG(バン)」、すっきりとした甘さが特徴的な日本酒となっています。
こちらの新ブランドは、嘉一郎さんが大学で学んだことや修行先での経験をもとに、これまでの吉田屋では使用してこなかった花酵母を使用し、実家に戻られ最初に造った日本酒とのことです。

新しいブランド日本酒BANGを語る嘉一郎さんの言葉からは、酒造りへの強い想いとセンスが伝わってきました。
カフェスペースとイベントで、日本酒文化を体験
吉田屋では、蔵見学やカフェスペースの運営を通じて、日本酒の世界をより身近に体験してもらう取り組みも行っています。
「もともと4代目がやりたかったことなんです。週末限定で奥座敷を開放していましたが、今は改装して、より多くの方に楽しんでもらえる空間を整えました」

コロナ禍で一時休止していたイベントも、今後は再開を計画しているそうです。「来てもらって、見て、飲んで、感じてもらうことが何より大事です」と語るように、地域に開かれた蔵としての存在を目指しています。
新たな季節限定酒「冬春夏秋-HITOTOSE-(ひととせ)」の挑戦
2024年12月から新たに展開している季節限定の新商品「冬春夏秋-HITOTOSE-」は、「日本酒って何だろう?」「四季って何だろう?」という問いかけから生まれたシリーズです。
「日本人ってやっぱり、四季の移ろいとともに生きているんですよね。春にはお花見、夏は祭りと御神酒、秋にはひやおろし、冬はしぼりたて──その時々の風景とともにあるのが日本酒なんです」

「このHITOTOSEは、そうした“季節と人と場”を大切にしたお酒です。飲んでいるその瞬間を、しっかり感じていただきたいと思っています」
日本酒の未来は「伝統と革新のバランス」
嘉一郎さんは、日本酒を「自然」と深く結びついた文化だと語ります。
「日本人の精神性は自然への畏敬から生まれていると思います。日本酒は、まさにそれを体現するもの。だからこそ、伝統的な製法を大切にしつつ、現代の感性や技術と融合させていく必要があると思うんです」
この言葉には、五代目としての強い覚悟と、日本文化の未来を見据える優しいまなざしが感じられました。
地域とともに歩む酒蔵として
吉田屋の取り組みは、単に酒を造るだけではありません。伝統の技を守りつつ、若者や観光客、地元の人々にも“酒のある豊かな時間”を届けようとする姿勢が随所に感じられます。

「日本酒は、飲むその瞬間の“場”や“人”を意識して味わってほしい。そう思っていただけるような酒を、これからも造り続けたいです」
島原半島で残り少ない日本酒蔵として、吉田屋はこれからも“過去と未来をつなぐ一杯”を届け続けていきます。
これからの蔵元像とは?
五代目として伝統を背負いながらも、嘉一郎さんは「蔵元の役割も変わっていく」と語ります。
「昔は“職人”としての技術がすべてでしたが、今はコミュニケーションやデザイン、マーケティングなど、さまざまな視点が求められています。現代の蔵元は、時代の変化に応じて“総合演出家”のような存在になる必要があると思っています」

まさに新ブランドのラベルデザインまで考えているという嘉一郎さんの考えが伝わってきます。新しい世代との接点を増やし、海外への発信も視野に入れながら、日本酒の持つ価値を再発見してもらいたいという想いが根底にあるようです。
5代目杜氏 吉田嘉一郎さんから皆さまへのメッセージ
「日本酒は難しいものじゃなくて、もっと自由でいいと思うんです。自分の“好き”を見つけて、気軽に楽しんでほしいですね。僕たちはその“きっかけ”をつくるのが役目だと思っています」
長い歴史の中で受け継がれてきた手しごとと、現代の感性が溶け合う場所──酒蔵 吉田屋は、まさにその象徴のような存在です。
これからも自然と人と場を結ぶ酒として、一杯一杯に想いを込め、南島原の地から日本酒の未来を育てていきます。