イベントのこと/おすすめしたいもの/会ってほしいひと/体験してほしいこと2025.07.19
よそもんが見つめた、豊かな海のこれから|大村湾ワンダーベイプロジェクト プロデューサー 高田雄生さん
長崎県の中央部に広がる、大村湾。入り組んだ地形に囲まれたこの海は、波がとても穏やかで、古くから漁業や暮らしの場として地域に寄り添ってきました。一方で、水の循環が限定される「閉鎖性海域」であるがゆえに、かつては「汚れた海」とも揶揄された歴史もあります。そんな大村湾の現在と未来を見つめ、「ワンダーベイプロジェクト」という活動を通じて、再び人々と海とをつなごうとしている人物がいます。

その名は高田雄生さん。自ら「よそもん」と語る彼は、東京からこの地に飛び込み、今では5市5町にまたがる関係者とともに、子どもたちや地域の人々を巻き込んだ取り組みを広げています。なぜ彼は大村湾に関わることになったのか。そして今、海とどう向き合っているのか。お話を伺いました。
外から来たからこそ見えた、「大村湾をひとつに」という視点
「実を言うと、長崎にはこれまでまったく縁もゆかりもなかったんです」。
インタビューの冒頭、高田さんはそう笑って話してくれました。
東京で企業のブランディングや地域プロジェクトの支援を行う傍ら、「海と日本プロジェクト」に関わっていた頃、日本財団から届いた一本の連絡が、彼の人生を少しずつ変えていきます。
「閉鎖性海域であるため、流域がワンチームで取り組む必要性がある。しかし合計10市町が関わる地域で、それだけの地域をまとめてバラバラではなく、誰かが間に立って横ぐしを刺す形でまとめていく必要があるのでは』という声が上がって。それで、外から俯瞰できる人間として、私に白羽の矢が立ちました」
高田さんは、その依頼に「面白そうだ」と直感的に感じたといいます。とはいえ、いきなり知らない土地の、複数の自治体を巻き込んだプロジェクトを担うことには、当然ながら不安もあったはず。それでも、「だからこそ自分にできる役割があるのではないか」と考えたそうです。
「地元に根ざしている人には言いづらいことでも、外から来た人間だからこそ、しがらみなく言えることがある。視点の違いをポジティブに活かせると思ったんです」
こうして2023年、「大村湾ワンダーベイプロジェクト」が本格的にスタートしました。
海と人をもっと近くに。体験を通して“気づく”仕掛け
このプロジェクトが目指しているのは、環境の大切さを「伝える」のではなく、「感じてもらう」こと。そのために重視しているのが、五感を使った体験型のアクションです。
たとえば2024年の夏に行われた「Wonder bay challenge2024」は、大村湾に面する5市5町をSUP(スタンドアップパドルボード)でつなぐという、前代未聞の試みでした。

「湾全体を人の手でつなぐ。これって、地理的には不可能じゃないけど、やろうと思わないとできないこと。でも実際やってみると、波が本当に穏やかで、安心してSUPができる環境なんだって、体感できるんです」
この挑戦には、地元の企業や団体、SUPインストラクターたちが手を取り合って関わってくれたといいます。関係人口が少しずつ広がり、海への意識が変わり始める――そのきっかけ作りが、まさにプロジェクトの役割です。
また、環境教育にも力を入れています。「海藻school」というユニークな取り組みでは、磯焼け(海藻が減り、生態系が崩れていく現象)の現場を子どもたち自身が学び、実際に海藻を育て、植えるところまで行います。

「小学校と協力して、一年かけてじっくりやっています。子どもたちが海に触れ、命に触れ、自然の循環を知る。その経験がきっと、将来の環境意識につながっていくはずです。」

2024年度は彼杵小学校と時津北小学校、2025年度となった今は、長与北小学校でも実施しています。今後はさらに他の市町への拡大も視野に入れているそうです。
本当の課題は「海」じゃない。変えるべきは“見る目”かもしれない
プロジェクトを通じて、さまざまなデータや現場に触れる中で、高田さんは気づいたことがあるといいます。
「今でも『大村湾は汚い』と言う人は多い。でも実際は、下水処理場の整備も進んでいて、水質自体は以前より格段に良くなっています。閉鎖性海域であるために、富栄養化しやすくて濁って見えるだけ。プランクトンや栄養素が豊富な『豊かな海』なんです。」
それでも、かつてのイメージは根強く残り、海を “汚れたもの” として敬遠する人も少なくありません。高田さんは、そこに本質的な課題があると語ります。
「環境を守ろうというモチベーションって、自分の身近なものに対する“愛着”から生まれるものなんです。だから、まずは『この海ってきれいかもしれない』『この夕焼け、いいな』っていう気づきを持ってもらうこと。それが大事なんです。」
“100万人”のプロジェクトへ。つながりを生むハブになる
大村湾の流域人口は、およそ100万人。
その一人ひとりが、自分と海の関係に少しだけ関心を持つことができたなら、それは大きな変化につながります。高田さんは今、プロジェクトがその“入り口”になれたらと考えています。

「それぞれの自治体や企業、漁業者、学校、団体が、自分たちで素晴らしい活動をしている。でも、互いの取り組みが見えづらくて、孤立している部分もある。だったら私たちが、そのハブになればいいと思うんです。」
たとえば、今年はごみ問題、来年は磯焼け、再来年は気候変動。そんなふうに、大村湾の課題を一年ごとにテーマとして共有し、5市5町が“ワンチーム”で取り組む土壌を育てていくことを目指しています。

「全部を一気に変えることはできないけれど、波紋のように少しずつ意識が広がっていけば、きっと大きなうねりになる。それを信じて、活動を続けています」。
夕陽に照らされる静かな海。そんな景色を、未来にも
インタビューの最後に、高田さんはふと、こんなことを話してくれました。
「大村湾って、どこから見ても、対岸が見えるんです。夕方になると、その向こうに夕日が沈んで、海面に赤く映る。その景色が、本当にきれいなんです。こんなに美しい海があることを、もっと多くの人に知ってほしいし、次の世代にも残していきたいと思っています」。
穏やかな波のように、確かに、ゆっくりと。
「ワンダーベイプロジェクト」の挑戦は、これからも続いていきます。
HP:https://wonderbayomurabay.uminohi.jp/